蓮ヶ峯農場の鶏肉
2016-01-20 配信
愛農高校卒業生の峰地さんが経営する蓮ヶ峰農場では、純国産鶏を平飼いで育てています。
峰地さんはお父さんの想いを継ぎ、蓮ヶ峰農場の二代目として「鶏が心身ともに健康であること」をモットーに、平飼いの密度、餌、水、空気、接し方にまでこだわった養鶏を実践しています。
家畜である以上、山鳥のように自由ではありませんし、鶏特有の厳しい上下関係もあります。
ただ出来る限り、リラックス出来る環境を整えてあげたいとのこと。
そんな蓮ヶ峰農場から親鶏1羽まるごとセットが届きました。
お肉、内蔵、鶏がらのセットとなり、お肉は部位ごとに分けたものとミンチからお選びいただけます。
もちろん、たくさん運動してたくさん卵を産んできた鶏なのでお肉はしっかりと硬いです。
味は間違いありません!!
少しのお肉でもしっかり旨味がでます。
圧力鍋で炊いたら、もうこれ最高。
ミンチでハンバーグを作れば料理の腕はいりません。
とっても丁寧に解体してくれているので、内蔵はとてもキレイな状態です。
臭みは全くなく、生姜醤油で甘辛く炊いたらご飯何杯でもいけちゃいます。
鶏がらは言うまでもなく、いい出汁を出してくれます。
ちょっと長くなりますが、
以下は蓮ヶ峰農場のHPから一部抜粋した文章を紹介させていただきます。
家畜という名の“いのち”
出荷される日、彼らは何を思うのだろう。
鶏たちは、怯えた目でこっちを見る。
豚たちは、尻餅をついて動こうとしない。
牛たちは、涙を流す。
食べるために餌や水を与え、彼らは生きるために餌を食べ水を飲む
この、あまりにも複雑な両者の関係。
それが、畜産というものなのかもしれない。
それが、生きるということなのかもしれない。
膝の上で寝ている犬は、生涯食べられることはないだろう。
水槽に泳ぐ錦鯉も、まな板の上にのることはないだろう。
割り切ることで、仕事とするしかないのかもしれない。
しかし、割り切るということは私にはどうも出来ない。
ごめんね。ありがとう。
この言葉しか出てこない。
昔は、それぞれの家で鶏や牛を飼うのがあたりまえだった。
お祝いのときやお正月には、それをお肉にして食べていた。
何よりのご馳走だったのだと思う。私は、その生活スタイルそのものが、
これ以上ない教育だったのだと思います。
生きるということは、食べるということ。
食べるということは、いのちを奪うということ。
いのちをいただき、ともに生きるということ。
食というものは、私たちが考えている以上に、大切なものなのかもしれません。
蓮ヶ峰農場HPより抜粋
http://tsakae.justhpbs.jp/hasugamine/top.html